『我らの不快な隣人』(米本和広著 情報センター出版局)の書評
書評を書いた徳川家広氏は、徳川宗家十八代目当主を父にもつ。
幅広い分野で活躍されています。
文:徳川家広氏(翻訳家)
「拉致監禁し、拷問する親達の愛は、一体どれだけまともなのか。」もう、10年近く前に、新潟県で見知らぬ男の家に9年間監禁され続けてきた少女が発見され、警察に保護されるという事があった。何ともショッキングな事件で、当然ながら大騒ぎとなっている。
だが、今年の2月に、それも都内で、12年5ヶ月も監禁されて衰弱しきった成年が発見されたことを、読者はご存知だろうか?
青年を監禁していたのは彼の家族だった。家族は、青年に統一教会に対する進行を放棄させようとして、荻窪のマンションに彼を閉じ込め、彼が逃げ出さないように見張り、信仰を放棄させるための「説得」を続けるべく、共同生活をしていたのだ。
統一教会といえば、霊感商法であり、合同結婚式ということになる。
右翼団体「勝共連合」のスポンサーでもある。そんな宗教に子供が入信したら、確かに親は心底困るだろう。だが、子供の困った信仰心を捨てさせるのに、拉致監禁の上で拷問としか思えないような「説得」を続けるという親たちの愛は、一体どれだけまともなのか。
それこそが、今回取り上げる『我らの不快な隣人』のテーマである。
著者は、オウム真理教など、近年のカルト関係で読ませるルポを何冊も書いてきた米本和広だ。
本書も丹念で情熱のこもった取材ぶりで、文句なしの力作といえよう。子供が統一教会信者になった事に慌てた親は、脱洗脳のエキスパートを自称する人たち(主にプロテスタントの牧師)の指示に従い、その協力を得て、集団で我が子を襲って連れ去り、マンションの一室に閉じ込めてしまう。そして、子供を罵倒し、恫喝し、時には暴力をふるってなんとか信仰を捨てさせようとする。
信者達は家族の非道な扱いから受けた衝撃で心を病むようになり、強烈なアトピー症状を出すものもいれば、自殺してしまう者もいる。
問題の根っこにあるのは、脱洗脳エキスパートたちが、依頼してきた家族や、彼らが救うべき若者の幸せよりも、自分や自分の教団の利害を第一に考えて行動しているとしか思えない点のようだ。
みんな生臭く、しかも目的をはき違えているのである。
それに、我が子の言う事に、全然耳を貸さない親たち。
結果として、統一教会に入信してしまうほどに混乱している若者達が、ひたすら苦しむことになる。日本社会の実に嫌な、だが誰にでも覚えのあるであろう一面が浮き彫りになった、貴重な一冊だ。
月刊プレイボーイ2008年11月号より
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