旧統一教会の解散に関して、教会側は控訴の働きかけをしているだろうが、教会員以外の第三者の意見を聞いてみたいので紹介しておく。
元武蔵野女子大学教授の意見

元武蔵野女子大学教授 杉原誠四郎氏の談話
すぎはら・せいしろう 1941年広島県生まれ。67年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。城西大学教授、武蔵野女子大学(現・武蔵野大学)教授を歴任。著書に『理想の政教分離規定と憲法改正』(自由社、2015年)など。共著に『吉田茂という病』(同、21年)など。
公開裁判受ける権利無視 手続きは憲法違反
昨年3月の東京地裁の決定もそうですが、家庭連合に対する、今回の東京高裁の解散命令で一番の問題は、これが憲法第32条および第82条に基づく公開裁判を受ける権利を与えず、非公開の非訟事件として扱い、解散命令の決定をなしたことです。人身であれば死刑に相当する一宗教法人の解散命令が、憲法の定める公開の裁判に拠らず行われたことは、明らかに憲法違反となるものであり、由々しき問題です。
確かに宗教法人法では、行政府の請求に基づく解散命令に開する裁判は非公開の非訟事件として扱うことが規定してあります。が、これは、宗教法人法の本来の意図からいえば、行政府が暴走して宗教法人に対して安易に解散命令を出さないようにするために、あえて裁判所の判断を仰ぐという意味で、行政府から裁判所に解散命令の請求をし、その上で裁判所から解散命令を出すというものです。
すなわち宗教法人が刑法に反する行為をして刑が確定しているとか、裁判で不法行為と認定することがしきりに起こり、それ故に行政から指導してもなお改まらないときにのみ、つまり解散事由がすでに誰が見ても明白な状況にあって、行政府がさらに裁判所に請求して、その上でその請求を受けて裁判所が解散命令を出すのだから、その裁判は非訟事件として扱った手続きで進めてもよいという意味です。
今回の文部科学大臣の解散命令の請求は、被害者と名乗る者の被害報告を集めただけで、その報告の被害が事実として存在するものなのか、さらにはそれは主観的には被害といえるとしても法的に不法行為と認定できるものなのか、そういうことを一切検証しないで、ただの文科省の集めた被害者と名乗る者の被害報告だけでもって非公開の非訟事件として扱い、その上で解散命令の決定となったものです。明らかに公開の裁判を受ける権利を無視して行われた決定であり、手続きにおいて明らかに憲法違反です。
また、今回の解散命令に関しては、家庭連合への献金が全て被害と解釈しているということを前提にしない限り納得のできない被害に関する報告が出回っている。マスコミ関係者もそうしたことを安易に被害として肯定したコメントばかり出回らせていますが、原則として信仰に基いて行った献金は被害として扱うことはできないのだという視点が盛り込まれているべきです。
現在出回っている被害なるものは、被害の拡大解釈であり、もしこれを許すのであるならば、他の宗数団体も同じ基準で非難する方向が見いだされていなければなりません。しかるに今回の解散命令の決定では、他の宗教団体への言及は許さず、ひとえに家庭連合に向けてのみの言及を報道するというような、マスメディアでの傾向が顕著に現れていると言わざるを得ません。これも法治国家の公正の原理に反することであり、今回の東京高裁の解散命令の決定によって、まさに「真昼の暗黒」が起こっていると言わざるを得ません。
このような解散ありきの家庭連合への非難は、他の宗教法人に当てられたとき、大変な数の宗教法人が対象になると思われますが、にもかかわらず、他の宗教法人のことについては一切言及せず、家庭連合のみを前提として厳しい非難を当てることは、法の公正に反することであり、この決定は担当の裁判官の恣意的判断に基づく決定であると言ってもよいのです。

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