家族や親戚から親しみをこめて、「あーちゃん。」と呼ばれていた宿谷(しゅくや)麻子(40歳)が、アパートに閉じこもるようになって、どれだけの歳月、が経つのだろうか。
私が麻子にはじめて会ったのは2年前の夏だった。彼女の肌は、首まわりと手首から二の腕にかけてアトピーによる赤茶色の湿疹で覆われ、皮膚のところどころが鱗状に固まっていた。思わず目を背けてしまったことを、今でもよく覚えている。
麻子の一日は、大半が抑鬱状態で、「なにかあると突然、頭が高回転して止まらなくなる」という。精神医学で「過覚醒」(脳の異常興奮)と呼ばれる症状である。アトピー、過覚醒以外にも、吐き気、悪夢、動悸、不眠などの症状があり、「とても苦しい」と訴える。
麻子の2人の友人も同じような症状に苦しんでいた。
高須美佐(36歳)も同じ鬱状態だが、暇な時間ができたりすると、かつての忌まわしい「過去」がフラッシュバックとなって甦ってくるため、無理をして昼間は派遣社員の仕事を入れ、夜はお好み焼き屋で働いている。
それでも深い眠りにつくことができず、睡眠薬を飲んで2~3時間寝ては覚醒し、また薬を飲んでうつらうつらしてから会社に出かけるという辛い生活を繰り返していた。
中島裕美(41歳)は離婚して、小学校・保育園に通う2人の子どもを育てているが、やはり鬱状態で仕事に就くことができず、生活保護を受けていた。かつてはアルコール依存、現在は過食症に苦しんでおり、ときどきパニック発作を起こすこともあるという。
裕美が悲しそうな顔をしながら話す。
「朝、起きられないんです。子どもを学校に送り出すのが10時ごろになることもしばしばあります」
3人はいずれも精神科にかかっており、精神科医が下した診断名は一致してPTSD(心的外傷後ストレス障害)である。飲んでいる薬は導眠剤、睡眠薬、安定剤、抗鬱剤など10種類に及び、公的な精神障害認定も受けている。
麻子の主治医である「めだかメンタルクリニック」(横浜市)の担当医は、私の質問に次のように答えている。
「麻子さんの場合は、災害のようなワンポイントの出来事による単純性のものとは異なり、長期に持続・反復する外傷体験(心が傷つく衝撃的な体験)によってもたらされた、より重度の『複雑性PTSD』だと考えられます」
3人には忘れたくても忘れられない共通の過去がある。かつて「統一教会」の信者だった彼女たちは、ある日突然、実の親に拉致監禁され、長期間にわたる説得を受けた後、脱会を余儀なくされているのだ。
主治医の言葉を借りれば、それは「信仰の自由を強制的に奪われ続けた」という衝撃的な体験だった。
その結果、彼女たちは今も深い奈落の底で、もがき続けている。
コメント