目を覆いたくなる「救出」劇
評者:芹沢俊介(評論家)久しぶりに「衝撃的な」という形容を留保なしに使っていいノンフィクションに出会った。
副題に「統一教会から『救出』されたある女性信者の悲劇」とあるように、「救出」されなかったことの悲劇ではなく、「救出」されたことの悲劇を描いたのがこの本なのである。
著者は、私たちが触れることを恐れていた地点にまで踏み込んで問いかけてくる。統一教会はこの世界にあってはならない悪のカルト教団であり、したがって撲滅すべきだというのは本当か。
統一教会信者はみなマインドコントロールされている。
それゆえ一人残らず「救出」の対象であり、改宗の対象であるという認識は正しいか。
また合同結婚式で韓国に渡り、韓国人男性と結婚した日本人女性信者たち6500人が行方不明となっているという、反統一教会側の人たちが流している情報は、本当だろうか?著者の答えは全てにわたって「ノー」である。
行方不明といわれている女性たちが実は行方不明でもなんでもなく、日本の家族と連絡を取り合い、子供と夫を連れて里帰りをしている人たちが殆んどである。少なくとも、居所を伝えていない者は皆無。しかも日本人女性たちは韓国社会にしっかりと根を下ろしているというのだ。
衝撃的であった。
著者が真正面から挑んだのは、「救出」劇のとてつもない暴力性に対してである。統一教会から我が子を取り戻して欲しいという家族の依頼を受け、脱会請負の「専門家」(主にキリスト教の牧師)たちが動き出す。
力による問答無用の拉致。
そこからはじまる一方的な脱会の説得。
説得という名の罵倒、こきおろし。
脱会の応じない場合の何ヶ月におよぶ密室への閉じ込め。
それを監視する元信者と家族。
専門家によって駆使されるお粗末なマインドコントロール論・・・・。体験者たちが語るこの「救出」過程のすさまじさは、目を覆いたくなるほどだ。
「救出」されたばかりに、元信者たちは立ち直り不能なくらい深い精神的損傷を被ったのだ。
家族不信、人間不信、PTSD(拉致監禁がその後の生活にもたらしたトラウマ)、心身症に苦しみながら生きる元信者の痛々しい姿が、無類の説得力をもって私たちの前に浮かび上がってくる。
著者のいいたいことは、こうだ。統一教会もその信者も「不快な隣人」かもしれないけれど、決して平和的に共存できない相手ではない、と。
綿密な取材をもとに ここに導き出されたこの結論に、私はうなずかざるを得なかった。
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