06.遠隔心理操作

保護説得レポート

遠隔心理操作

舞台を再び、監禁直後の部屋に戻す。

怒りに震える麻子に、両親は土下座するのみで、代わりに妹が説明した。

「こんなことをしてごめん。統一教会の影響を受けない場所で、じっくり、家族だけで話し合いを持ちたかったの。それにはこうするほかなかった。本当にごめんなさい……」

黒鳥の指示どおり土下座はしたが、その時、母親には麻子の怒りが何によるものかわからなかったという。監禁された子どもが怒り暴れるのはマインドコントロール……勉強会でそう繰り返し聞かされてきた親には、子どもの心が理解できない。

それどころか「(監禁中に)わざと洗剤を飲み込んで救急車を呼ぼうと図るケースがあるので、(飲み込めないよう)固形石鹸にする」「トイレで消毒剤を飲んだ子どももいるので、トイレの鍵は外す」

など、子どもの気持ちを逆撫でするようなことを、経験者から教わったとおりに忠実に実行していくのだ。

数日後、麻子が落ち着きを取り戻すと、さっそく”保護説得”が始まった。妹が語りかける。

「あーちゃんが信じている統一教会の『原理』について、私たちも勉強したいから、説明してよ。それが終わったら、解放するから―」

そう言われた麻子は、組織のバイブルである『原理講論』をテキストに講義を始めた。時計もカレンダーもない狭い空間に家族4人が閉じこもり、麻子の話にずっと耳を傾ける。寝るときは6畳間に女性3人、4畳半に父親。

食事のときは、ことさら明るく振る舞い、麻子の気分を盛り上げる。当時の様子について、父親がボロボロになっ一冊の辞書を取り出しながら、暗い表情で振り返った。

「『原理講論』を読んでも、麻子の話を聞いてもよく理解できない。眠くなるのを必死でこらえました。新聞もテレピもなく、太陽にあたることもない。緊張感で体がおかしくなった。

(保護説得を支援する父母の会から)唯一、持ち込みが許された『漢和中辞典』を読み耽ったこともありました」

母親も涙をこぼしながら語った。

「私たちは生鮮品を扱う小売店を営んできました。朝早くから夜遅くまで、休日なしで働きどおしで、子どもの運動会にも一度も顔を出せなかったほどです。家族が一緒に団欒するなんてお盆と正月くらい。それがあそこでは毎日……。奇妙な共同生活でした」

まさに、鉄格子の中での家族団欒だ。

保護説得が辛いのは監禁された信者だけではない。家族は生活のすべてを犠牲にして監禁生活に加わらなければならない。麻子の両親は祖父の代から続けてきた小売店を畳み、妹は会社に退職届を出した。生活の糧を失うことへの不安は計り知れないものがある。

躊躇すれば、「仕事を取るか、子どもを救出するか」と、牧師によって決断を迫られる。実際、保護説得を実行した家族の中には、乳牛を泣く泣く手放した酪農家や、その年の葡萄の収穫をすべて諦めた果樹園経営者もいる。

麻子の講義は1ヵ月以上かかって一とおり終わったが、「もう一度」「もう一度」と、家族は解放の約束を引き延ばした。さらには、「今度は反対派の本(統一教会を批判する本)も読んでくれ」と麻子に懇願するようになった。

実は、これらはすべて黒鳥牧師の指示によるものであった。

監禁直後から買い物などで外出していた麻子の妹は、そのたびに電話で状況を黒鳥に報告し、指示を仰ぐ。そしてその指示を小さな紙にメモしては、麻子に気付かれぬよう、両親に渡していたのである。そのときのメモが今も残っている。

<今は黙って原理を聞き、家族が聞いてくれているという満足感を十分に与えること>
<(麻子が少し甘えた素振りをする、と報告したところ)それなら、昔の話を聞き、幼稚な子どもにさせてあげる。

もっともっと、心をほぐすようにと、白に言われた>

「白」とは、家族間で用いた黒鳥の符丁である。監禁が長くなるにつれて、指示がより具体的になっていく。

<(元信者のS・ハッサン著の)『マインドコントロールの恐怖』を玄関先に置く。みんなで読むようにとのこと>

<本日から『六マリアの悲劇』(朴正華著・統一教会教祖の文鮮明を批判した本)を入れる。麻子には次のように話すように。
『私たちは真剣に原理を受け入れたいと思っている。しかし、世間で悪く言われているので不安だ。どちらがほんとうなのか判断できないので一緒に検証したい。だからこの本を読もう』>(括弧内は筆者)

鉄格子の外側からの遠隔心理操作というしかない。自由が閉ざされた辛い生活が続き、麻子は徐々に鬱々とした気分になっていく。そんなときに、前述のとおり、黒鳥が登場するのである。

偽名で麻子の前に現れた黒鳥は、以後週2回のぺースでアパートを訪れているが、麻子は疲れていたこともあって、なかなか反対派の本を読もうとしなかった。その様子を見た黒鳥が、やがて妹に言った。

「マインドコントロールが固い。すごい反対対策が施されている。清水先生にお願いしてみよう。(彼なら)1ヵ月ぐらいで落とす(脱会させる)」

そして、麻子にはこうもちかける。

「統一教会の間違いをきちんと教えてくれる牧師さんがいる。その人に会ってみないか―」

麻子の脳裏を脱会後の自分がよぎった。たとえ脱会することになっても、自分を裏切って2度も監禁した両親のところへは戻る気にはなれなかった。

「(牧師さんと会ったあとは)自由で安全な場所が欲しい」と訴えると、黒鳥はその場ではじめて本名と職業を明かし、牧師らしく励ますような声でこう話したのである。

「そのことは私が保証します。麻子さんの今後のことについては、最後まで私が責任を持ちます」

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