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救出カウンセリングにおける牧師の監禁責任

牧師の二面性 被害者の陳述

保護説得(救出カウンセリング)における拉致監禁の責任を、牧師はとらない、関係ないとする態度をとる。実際は背後で指揮をとっているようだが・・

ある保護説得の被害者のコメントより

『・・・この拉致監禁(保護説得)は、もちろん親も反対牧師らも問題ですが、それでも親は、子供に対する愛情から自分がこの拉致監禁という犯罪行為の責任をかぶる決意で実行しますから、まだましです。動機が純粋なのです。

問題なのは、親の後ろに隠れて監禁の責任は負わずに、利益だけを吸い取ろうとする、牧師らのほうです。ここで利益というのは経済的なものだけでなく精神的なものも含めてのことです。親から傷つけられたと思っても、本当の原因は牧師らにあることを知るべきです。

彼らがこの拉致監禁の背後に隠れて責任を負わず、指示だけをだしているのです。指示さえもださずに自分をまったく拉致監禁とは関係がないような場所においておく人も多いようです。

そして牧師を支える家族会のような組織が拉致監禁という汚い仕事を引き受けます。親はこの家族会のような組織から、実際の拉致監禁のやり方、本人の呼び出し方、拉致のやり方、本人の移送の際の注意などを教わります。

それだけではなくて、使うマンションやアパートのこと、監禁中の家賃のことはどうするのかといったことから、冷蔵庫、たんすなどの家具類、ふとんなどの寝具類、食器類、お風呂用具にいたるまでついて細々とした注意を受けて、拉致監禁の実行に備えます。

さらに一般的には、拉致監禁を実行する前に牧師のチェックを受けます。親戚の協力体制があるのか、両親がきちんと教育されているかなどを見るわけです。

また拉致監禁されている人数が多すぎると、つまり説得中の人数が多すぎると牧師も説得に回りきれませんから、拉致監禁の実行を待たせるわけです。そしてある統一教会員の説得が終わりひとつの監禁用のマンションやアパートの一室があくと、つぎの順番になり、またひとりの統一教会員が拉致監禁されるのです。こうした手続きはすべて家族会のような組織が担当しています。

つまり基本的には、拉致監禁という犯罪行為は、本人の両親、家族、親戚が行ない、それを指示することも家族会のような組織から行なわれるので、牧師は拉致監禁とは関係ない立場に自分を置いて自分の身を守ることができるのです。

それでも拉致監禁している人たちの頂点にいるのが、牧師です。

「僕は監禁のことはよく分からないから」

というようなとぼけたことを言う牧師もいますが、その牧師が拉致監禁は良くないと思えば、そこでの拉致監禁は決して実行されません。

その牧師が認めているからこそ拉致監禁が実行されるのです。

・・・(中略)・・・

それでも監禁の責任を認めない牧師に私が質問をしました。

「ところで、話は変わるんですが、天皇陛下に戦争責任があると思いますか?」

「もちろん、あるだろうね。」

「どうして?直接、手を下したわけでもないのに?」

「だって天皇が中心だからね。」

「本当にそう思います?」

「そうだよ。当然」

「牧師さん、あなたが天皇なんですよ。拉致監禁のね。」

「……(絶句)…」

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